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2008年5月18日 (日)

CROWNⅡ lesson10

クラウンⅡ lesson10

Don’t Count Me Out  ─僕を仲間はずれにするな─

難題が人生を面白くし、その克服が人生を有意義にする

君たちが今まで走った一番長いレースは何だろうか?5キロマラソン?10キロマラソン?フルマラソン?トライアスロンに挑戦したことはあるだろうか?2.4マイルのスイム、112マイルのバイク、その次に26.2マイルのフルマラソンを走るアイアンマンレースはどうだろうか?

リック・ホイトはこれらすべてのレースに何度も参加してきた。そんな驚くほどでもないって?ちなみにリック・ホイトは重い障害を持っている。歩くことも話をすることもできない。どうやって彼はレースに参加するのか?“チーム・ホイト”について読んで欲しい。

ディック・ホイトとリック・ホイトは一緒にほとんど絶え間なくマラソンに参加しているマサチューセッツの父子チームである。もし彼らがマラソンに出ていないなら、彼らはトライアスロンに出ている。彼らはアイアンマンレースを6回完走しさえした。かつて一緒に47日間でアメリカを横断して3,735マイルを旅した。これは素晴らしい記録だ。リックが歩いたり話したりできないことを考慮すればなおさらである。過去25年以上、アメリカ中を、そして数百のゴールラインを切って、ディックは息子を押したり引いたりしてきた。ディックが走っているときは、リックはディックの押す車いすの中にいる。ディックがバイクに乗っているときは、リックはバイクの前方に取り付けられた車いすのシートに乗っている。ディックが泳いでいるときは、リックはディックの引く小さなボートの中にいる。

1962年にリックが生まれたとき、ディックと妻のジュディはこの子が成長する見込みがないと告げられた。「彼が生まれてからずっと仲間はずれの繰り返しでした。」ディックは言った。「彼が生後8ヶ月のとき、医師に彼を施設に預けたほうがいいと告げられました。彼は一生、植物状態だろうと言うのです。」

夫婦は息子をできるだけ普通に育てる決心をして家に連れて帰った。リックには二人の弟がいたが、ホイト夫婦はリックが弟たちとまったく同じくらい聡明だと確信した。ディックは地元の学校が息子を拒否したことを覚えている。「息子が話せなかったため、彼らは息子が理解できるようにはならないだろうと考えたのですが、それは間違いでした。」

1975年、リックはようやく公立学校への入学を認められた。二年後、彼は父親に5マイルマラソンに参加したいと話した。ランナーではなかったけれども、ディックはリックを車いすに乗せて押すことに同意した。彼らは最後から二番目でゴールしたが、彼らは勝利を勝ち取ったと感じた。「その日の夜、」ディックは思い出す。「リックが私たちに、レースをしているときは障害者じゃなかったみたいだと話しました。」チーム・ホイトはますます多くの大会に参加し始めた。

「レース中は自分が障害者だと感じないのです。僕は他の選手と同様だし、選手のほとんども同じように感じていると思います。初めは誰も僕に近寄っては来ませんでした。ですが、いくつかレースを終えて、選手たちがぶらりとやって来て僕に話しかけるようになりました。今では多くの選手がレース前に健闘を祈りに僕のところに来てくれます。」

チーム・ホイトは当初は妨害にあったが、彼らが1981年のボストンマラソンに参加して全参加者中上位4分の1以内でゴールしてから一般の人々の態度が変わったようだった。

1985年、チーム・ホイトは初めてトライアスロンに挑んだ。そしてこのためにディックは45歳にして水泳を習得しなければならなかった。「最初は怖くて石みたいに沈んだことを覚えている。」ディックは笑って思い出す。「それに僕は六歳のとき以来バイクには乗っていなかった。」リックを前に乗せて運ぶのに適したように改造したバイクと、泳ぐときにディックの腰に結びつけられるボートを使い、ホイト父子は大会で最後から二番目に入った。

彼らはもうほとんど30年間競争してきた。20056月現在、彼らは206のトライアスロンと64のフルマラソンを終えてきた。個人記録はマラソンの2時間4047秒と10キロマラソンの3548秒という信じられないものだ。「リックはスポーツと競争を愛するそのやり方で、私を鼓舞し刺激する人間なんだ。」ディックが言った。

今では、ホイト父子には、自分たちの努力が肉体的・精神的障害を持つ人々に対する一般の人々の態度に影響を与えたことが分かる。「たいしたことです。」ディックは言った。「人々は教えられる必要があります。」リックは他の多くの家族が社会の一員として認められようと障害に向き合うのを助けている。

競技での成功はさておき、リック自身が成し遂げたことに、高校からボストン大学に進学し、そこで特殊教育の学位を取得して1993年に卒業したことが挙げられる。リックは現在、ボストン大学のコンピュータ研究所で働いている。彼は電動車いすのような機械の開発を助けているが、それは体が麻痺している人の目の動きによって操縦できるものである。

リックは自分の知名度と父の献身が世界をもっと寛容な場所にするのに役立てると確信している。

リックはタイプする。“チーム・ホイトのメッセージは、誰もがみんなと共に日常生活を送るべきだということ”/

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