UNICORNⅡ for reading
ユニコンⅡ for reading
The Christmas Angel ─クリスマスの天使─
①
暑いビーチの上で過ごすクリスマス。これよりすてきなものを考えられますか?
12月26日の午前、100人ほどの人たちが日光浴をしていました。空には雲一つありませんでした。
水着の肩ひもの下を伝ううっとおしい汗を感じながら寝そべっていると、その時、風向きが急に変わりました。私は何かに気がつきました。ビーチが急にとても静かになったのです。人々はさっきまでしゃべっていたのに、今はしゃべるのをやめていました。弟のジャックは空の貝殻に向かって楽しそうにしゃべっていましたが、彼さえ静かになりました。
私は手をかざして、彼がぽかんと口を開けて海の向こうを見る視線をたどりました。
最初、私は自分が見ているものが信じられませんでした。ビーチが消えてしまったのかと思ったのです。それからビーチがそれまでより大きくなっただけだと気付きました。ビーチがそれまでより10倍も大きくなっていました。海水が岸から引き、驚くべき速さで水平線に向かってどっと後退していました。しばらくの間、ビーチにいた人たちは誰もしゃべりませんでした。みんな畏敬の念に打たれていました。多くの海の生き物がビーチに現れました。熱帯魚は空気を求めて口をぱくぱくさせながらピチピチはね、カニや貝は隠れる場所を探して砂の上をせわしなくあちこち動き回りました。
②
誰もが後退していく海水に魅入られていました。お母さんは他の数人の大人と一緒になってぬれてきらきら光る砂浜を数歩下りていきました。誰も特に心配してなさそうでした。
私が前に見た、数年前にパプアニューギニアを襲った身震いする映画の一場面を映しているドキュメンタリーを思い出したのはその時でした。それはちょうどこんな風に、海水がとても速く後退していく場面から始まっていました。
わずかな間、これが映画の中の災害にどれほど似ているかにあまりに呆然となりました。それからすぐ私は口がきけるようになり、きしるような声で「津波、津波。」と言いました。ジャックは私を見て笑い、聞きなれない言葉を繰り返しました。お父さんは「何だって?」とつぶやきましたが、彼はちゃんと聞いてはいませんでした。お母さんは海のほうへあまりに遠く行ってしまったので、私の声が聞こえませんでした。私は立ち上がってお母さんに戻ってくるよう叫びました。
「どうしたの?」目の上に手をかざし、なおも海のほうをじっと見つめながら彼女は聞きました。
「ビーチから離れなきゃだめ。」私は叫びました。「津波よ。」
彼女は首を振って、お父さんなら私が何をわめいているのか分かるかのように彼を見つめました。彼は困惑して肩をすくめました。
「逃げなきゃだめなの。」私はできる限り大きな声で言った。声が届く範囲内にいる大人たちはみんな、誰らの中の誰かがビーチにいるむきになっている女の子が何にそんなにあわてふためいているのか説明することを期待して、眉をひそめておどおどとお互い顔を見合わせました。
③
「海面が上昇しているの!岸から逃げなきゃだめ!」私は声を限りに叫んでいました。それでも誰も動きませんでした。大人たちは自分が知らないことを子供の私が知っているはずないと思っていました。沖合をちらっと見て、ビーチに近づいてくる遠くの波を指差しました。ツナミという日本語は誰も理解できませんでした。「タイダル・ウェーブ」私はきしるような声で言いました。「タイダル・ウェーブ。タイダル・ウェーブ。」
今度は彼らは理解しました。彼らはタイダル・ウェーブが何を意味するか知っていました。同時にはるか沖のヨットが急に激しくひっくり返りました。まるで海全体が水中から飛び出してくるかのように見えました。ほとんどの人がそのまま根が生えたようにその場で動けなくなっていましたが、お母さんは違いました。お母さんは一言だけ発しました。私は彼女のその言い方を決して忘れないと思います。叫び声のように出てきて、一瞬、私は体がすくみました。
「走って!」
お母さんはジャックを肩にしっかりかついで、私の手首をつかむと全速力でビーチから逃げました。背後では、近くにいた人たちに逃げろと叫びましたが、通じませんでした。命がけで走るどころか、みんなはナプキンやタオルをしまったり、ドリンクを飲み干したりしていました。
私たちはホテルのプールに急いで戻ると、お父さんは息を切らして従業員に何が起ころうとしているのか説明しました。すると従業員は、波が人々を殺すかもしれないと分かって、ビーチに走っていき、できる限りの大声でみんなにホテルへ戻るよう叫びました。
④
第一波がビーチを襲ったのは、最後の一人がホテルにたどり着いたわずか数秒後でした。私は波を見るのがどれほど恐ろしいか説明し始めることができません。それは波がとても大きかったからではなく─高さはジャックの背の二倍くらいしかありませんでした─とても速かったからです。水の壁が沖合で泡だと思ったら、次の瞬間、波がビーチを襲っていました。波はドーンと、爆弾の爆発のような信じられないほどの音を立てました。後で知ったことなのですが、波は時速約800マイル、ジェット機以上のスピードで岸を襲ったのでした。ビーチで起こったことを見てすぐ、そこに残された人がいたら誰であれ死んでいただろうということが分かりました。砂浜から運ばれてきた重いテーブルがビルに激突しました。木々が、それも小さな潅木ではなく成熟した大木がプールに投げ込まれました。乗用車やバンが陸の奥まで流されました。
大きな岩や木々やボートを運びながら波は陸の奥まで流れていきました。後になって、ホテルの外に住んでいた多くの地元住民は第一波を切り抜けたものの命を守るためにしがみつくものが何も見つけられなくて波が引くとき結局海へと流されてしまったと知りました。
私たちは第一波が陸の奥まで押し寄せるのを見ていました。すると波は急に、動物が海へと戻っていくように後退しながら、ほとんど流れ込んできたのと同じ速さで引いていきました。
⑤
第二波は私たちめがけて押し寄せてくるとき第一波とほぼ同じ速さでしたが、もっと大きくて、家ぐらいの高さがありました。私たちに何ができたでしょうか?何もできませんでした。私たちは互いに手をしっかり握り、この建物が壊れないようにと祈りました。
波が壁を直撃し壁の周囲を流れると、爆発音がしました。第二波が引き、私たちは安堵のため息をつきましたが、まだ終わりではありませんでした。それからの二時間半、第一波より大きな波が私たちの周囲で延々と轟音を立てて砕けました。
眼下では、見渡す限り、ありとあらゆるものが完全に平らになっていました。私たちのいるホテルを除く建物はすべてなくなってしまっていました。いくつかの鉄のはりや電柱は別として、まだ立っているものはほとんど何もありませんでした。どの木も、どの潅木も、どの乗り物も、どの家も、破壊されていました。
後に、しばらく私のことを“クリスマスの天使”と呼ぶ大人の人もいました。しかし私がその呼び名を決して好きになれなかった理由をこれでお分かりいただけたと思います。私は天使ではありません。いくつかの命を救った情報をたまたま知っていただけです。もしあなたが知っていたら、あなただって私と同じ事をしていたでしょう。
家に帰ったとき、あの日タイでどれほど大勢の人が死んだか知りました。幼い子供たちが死にました。波が襲ったとき、力が足りなくて何かにつかまることができなかったからです。しかし年上の子供たちや親たちも、死ななくてよかったのに死にました。自分の命を救うことならできたはずですが、年下の子供たちを救おうとして死んだのです。この物語はそうした天使たちのためのものなのです。/
