UNICORNⅡ lesson3
ユニコンⅡ lesson3
Free the Children ─子供たちに自由を─
①
1995年4月のある朝、僕はいつものように朝食用のテーブルにつき、新聞の漫画を読もうとした。しかし第一面を飛ばすことはなかった。大きな見出しが僕の目を捉えた。“児童労働者の12歳少年、殺害”。ショックだった。12歳。僕とほとんど同い年。とても信じられない話だった。
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児童労働者の12歳少年、殺害(パキスタン・イスラマバード発AP電)
4歳から12歳のときまで、イクバル・マシはカーペット工場で強制労働させられた。自由になったあと、彼は児童労働に反対する世界的運動を始めた。日曜日、彼は射殺された。一部の人は彼は活動を止めるよう警告した人物によって殺害されたと考えている。
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放課後、僕は図書館に行き児童労働問題について調べた。問題について伝えている新聞記事を見つけた。ある記事は僕より年下で、炭鉱で懸命に働いている子供たちに関するもの。他の記事には花火工場での爆発で死傷した子供たちのことが書いてあった。なぜそんなひどいことを止めさせるために何もなされなかったのだろうか?中流階級の人々の住む地域を通って家へと向かいながら、僕は世界のもう一つの面について考えた。すると僕自身の世界が少し暗くなったように見えた。意気消沈して家に帰った。
②
数日後、人々に児童労働について知らせるため、僕はクラスメート数人でグループを結成した。僕たちはこのグループを“フリー・ザ・チルドレン”と命名した。数ヶ月のうちに僕たちのグループは強固な基盤を築き上げていた。僕たちには名前と、明確な目標と、事務所(僕の家の小さな一室)があった。フリー・ザ・チルドレンについて知らせる書面を作成した。校長先生の助けを借りて、周辺地域の学校にコピーを送った。
5月下旬、僕たちはある高校のワールドスタディーズの授業で話をして欲しいという要請を受けた。クラスはさまざまな民族的背景を持つ生徒たちでいっぱいであることが分かった。さながら小さな国連だった。グループのメンバーが交代で話した。
「世界には2億5千万人以上の子供たちが働いています。」僕は生徒たちに話した。「これはアメリカの人口とほとんど同じです。」発表が終わるまでに、僕たちが初めて児童労働について聞いたときとちょうど同じくらい、生徒たちがショックを受けているのが分かった。
③
話を終えると質問を求めた。一人の生徒が言った。「もしあなたがある国々の児童労働を止めさせたら、経済全体が悪化するかもしれず、そしたら大勢の人が職を失うでしょう。」他の生徒が質問した。「どうして先進国の裕福な人々が発展途上国の貧しい人々に子供の育て方を教えることができるのですか?子供たちは児童労働から解放されたあとどうなるのですか?」たびたび「分かりません。」と言わなくてはならなかった。
僕は答えられなかった質問を一つ一つ書きとめた。僕たちは年上の友人の助けを借り、大学図書館で児童労働に関する多くの資料を読んだ。日ごとに答えが集まり始めた。僕は前に話をしたクラス宛に3ページの手紙を作成した。それはこう始まっていた。「考えさせられる質問をしていただきありがとうございました。僕たちは、あなた方が提起した問題について調べ続け、答えを見つけてきました。もしもっと質問がありましたら喜んでお答えします。」僕たちは知識がカギだと知った。
④
同年12月、僕は7週間の旅行に出て、バングラディッシュ、タイ、インド、ネパール、パキスタンを訪れた。旅行中、僕は大勢の児童労働者と話をした。イクバルの母にも会った。児童労働に反対するデモや、囚われている子供たちを解放するためのカーペット工場への手入れにも参加した。
カルカッタ滞在中、マザーテレサに会った。これもまた旅行の忘れられないものだ。マザーテレサはとても疲れていたけれど(当時86歳)、彼女は僕に話しをする機会を与えてくれた。
「僕たちは子供たちの生活と、いったいどうしたら彼らを助けられるのかについて知るためにここに来ました。」僕は言った。
「いいことです。」彼女が言った。「貧しい人々はあなたに多くのことを教えてくれるでしょう。」
彼女は僕の手を握りしめ、僕の目を覗きこんだ。僕たちはアジアへの旅行について少しのあいだ話した。部屋を出て行くとき、彼女が僕に言った。「神がその仕事をするあなたを助けお守りくださいますように。私たちはお祈りのときに世界の働いている子供たちのことを思い出すでしょう。」僕は励まされたと感じた。
⑤
南アジアへの旅行は僕を永遠に変えた。貧困は想像していた以上にひどかった。南アジアの苦しむ子供たちの記憶は忘れない。使用済みの注射器の選別をする幼い少女の顔。祖父が借りた金を返済するために働いているのだと語ったレンガ工場の少年の目。極度の貧困に圧倒されることもあった。しかし、何百万人もの子供たちが暴力的で危険な状況で強制的に働かされているという事実から目を背けてはならない。出会った子供たち全員の苦しみの言葉を世界に広く伝えようと思う。世界の市民として、僕たちはお互いに対して責任がある。イクバルの記事を読んで以来、僕には行動への呼びかけが聞こえ続けている。その呼びかけが僕を前へと突き動かしてきた。これは世界中で人々に人権を求めて闘う気にさせるのと同じ行動への呼びかけだと僕は信じている。
変化は僕たち一人一人の内部で始まり、子供たちが自由に子供でいられるまで終わることはないだろう。/
