UNICORNⅠ lesson9
ユニコン9
Chagall シャガール
①
I and the Village 私と村
このシャガールの手による絵は奇妙なイメージで満ちている。なぜ大きな顔は緑色なのか?誰の顔なのか?なぜ小さなウシを別なウシの顔の上に描いたのか?人や建物もいくつか見える。そのうちのいくつかは上下が逆さまになっている。これらのイメージはどこから来たのだろうか?
絵の中で、シャガールは独特のおもしろい方法で自身の人生のいろいろな部分を表現した。ほとんどのイメージは彼の故郷での子供時代の思い出から創造された。右にある顔はシャガール自身である。─
シャガールは1887年にロシアの町、ヴィテプスクで生まれた。彼の家族を含め、その町のほとんどの人はユダヤ人だった。一家は貧しかったが、彼は幸せな子ども時代を送った。1907年、シャガールはサンクト・ペテルブルグの美術学校に行った。後の1910年、わずかなお金と大きな夢を持ち、美術を学びにパリへ出発した。パリにいるあいだ、彼はしばしば故郷の絵を描いた。”I and the Village” はそれらのうちの一つである。
②
Birthday 誕生日
飛んでいる若い男はシャガール自身で、ブーケを持った女性はシャガールの婚約者のベラである。もちろん、シャガールは飛ぶことなどできなかったし、首だってこんなに長くなかった。かれらのイメージは彼の至上の喜びを表現している。─
帰郷中の1909年、シャガールは初めてベラと出会った。一目ぼれだった。サンクト・ペテルブルグに戻る前に、二人は将来を誓い合った。ベラは当時わずか14歳だった。パリにいるあいだ、シャガールは次第に有名になっていった。1914年、彼はついにベラに会いに帰郷することに決めた。
数年後、ベラはこの絵にまつわる話を語った。「彼の誕生日だったので、彼に花を買っていったのだけれど、彼はその日が自分の誕生日であることをすっかり忘れていました。不意に『動かないで』と言って彼は絵を描き始めました。私たちは二人とも胸をどきどきさせていました。描き終えると、彼は『これを”誕生日”と呼ぼう。結婚式の日までにあと数枚描き終えてしまおう』と言いました。」
彼らはこの絵が描かれてから約3週間後に結婚した。
③
The White Crucifixion 白い磔刑
シャガールの作品について考えると、明るく美しい絵が心に浮かぶ。しかしこの絵は暗くて悲惨な雰囲気を表現している。ユダヤ人の建物に火が放たれている。中央にはイエス・キリストのはりつけが見える。またユダヤ教のラビも見える。これは単なる宗教的絵画なのだろうか?─
シャガールは美しいイメージの世界にだけ住んでいたのではない。彼の絵は時として周囲の無秩序を表現した。彼は若かりしころ、第1次世界大戦とロシア革命のあいだに辛い目に何度もあった。
1935年、シャガールはポーランドを訪れ、ユダヤ人がひどい扱いを受けているのを知ってショックを受けた。彼はユダヤ人に迫る大きな危機と第2次世界大戦を予見した。彼はその危機を世界に警告する絵を描いた。その後すぐ第2次世界大戦が勃発し、ホロコーストが始まった。1940年、ナチスがパリを占領した。彼は身の安全を危ぶみ、1941年にアメリカに移住した。
④
Around Her 彼女をめぐって
この絵は美しく、同時に悲しくもある。左側にいる芸術家はシャガールである。彼の頭はさかさまで気が動転しているように見える。右側の女性はベラである。なぜ彼女は泣いているのだろうか?ボールを持った少女は彼らの娘のアイダかもしれない。ボールは占い師の水晶玉であり、彼らの故郷の風景が入っているように見える。─
1944年9月のある日、ベラは急に病気になった。二日後、恐ろしいことが起こった。ベラが死んだのである。死ぬ前は彼女は楽しく充実した生活を送っていた。彼らは幸せな生活は初めて出会ってから35年後に終った。シャガールは絵や美術、人生への興味を一切失った。彼はその後の9ヶ月間、筆を手に取らなかった。ついに、彼はベラの記憶を絵に描き始めた。“彼女をめぐって”はベラの死後、彼が最初に描いた絵である。彼はこの絵を1985年に死ぬまで自宅に置いていた。/
