2008年6月12日 (木)

PROMINENCEⅠ lesson8

プロミネンスⅠ lesson8

Japan’s Goodwill Ambassadors to the world  ─日本の親善大使─

近頃、電車やバスで漫画を読んでいる人々をしばしば見かける。会社員が通勤中にカバンから漫画雑誌を取り出してそれを読むのを見ることができる。同様に、大人と子供が並んで座り、同じ漫画雑誌を読んでいるのもしばしば見かける。あなたはこれについてどう感じるだろうか?

日本の漫画には多くの種類がある。それらの中で現在もっとも一般的なのはストーリー物の漫画である。それらはまず雑誌で出版され、その後に本として出版される。いろいろな漫画雑誌がいろいろな年齢層の読者をひきつけたものだった。しかし状況が変わった。

漫画雑誌や漫画本はいたるところで見つけられる。日本には“漫画喫茶”なるものさえある。日本ではトイレットペーパーより漫画に多くの紙が使われていると言う!

日本の漫画の歴史を見てみよう。ある研究によれば、日本の漫画は7世紀か8世紀に寺で始まったという。動物や人のユーモラスな絵が法隆寺の天井裏にあるのが見つかった。それらは唐招提寺の像の台座裏にあるのも見られた。それらは建築労働者によって描かれたただの落書きだと言われる。

最初の有名な漫画の一つが12世紀の始めに描かれた。描いた人は鳥羽僧正だった。彼の作品の“鳥獣戯画”、すなわち動物絵巻は4本の絵巻物で構成されていて、当時の人間と動物のユーモラスな話を物語っている。この芸術様式は最初に中国から伝えられた。当時の他の芸術様式のように、初期の日本の絵巻物の多くは宗教的題材を扱った。それらの多くもまた現在の漫画と同様にユーモラスだった。17世紀の始め頃にはそれらは宗教的題材をますます扱わなくなった。“漫画”という言葉が初めてこの芸術様式に用いられたのもこの頃である。

世界のいろいろな地域でさまざまな種類の日本の漫画が出版されてきた。けれども漫画がとても人気になる前にいくつか問題があった。

たとえば日本の漫画は右から左へと開いて読む。これは逆方向に読むことに慣れている外国人読者にとってはなじみのないものだった。

さらに、日本の生活様式についてあまり知らない人々にとって、日本の文化は理解しがたい部分もある。たとえば“サラリーマン”の話なんか外国人読者にとってはあまり面白くない。

けれども、そうした問題のせいで日本の漫画がアメリカで人気が出なくなるということはなかった。すべてはテレビや映画のアニメの放映から始まった。1963年に手塚治虫が書いた鉄腕アトム以来、漫画に基づいたますます多くの日本アニメがアメリカで放映されてきた。テレビの普及に伴い、さらなる需要が生まれた。日本の会社が原作本を英語で出版し、アメリカに送るほど多くの日本アニメのファンがいた。

なぜ日本の漫画はとても多くの読者がいるのだろうか?手塚治虫は本の中でこう述べる。「漫画には笑う以上の何かがあると思います。漫画は涙や怒り、憎しみといった話も扱います。私は必ずしもハッピーエンドではない話も作り上げました。」確かに手塚の作品にはヒューマニズムや生命への尊厳を感じる。

漫画に感動する子供たちは、高校生や大人になったあとも漫画を読むのをやめない。漫画は子供や若者が成熟するのを促すのに重要な役割を果たす。手塚が述べるように、「どんな言語で出版されようと、漫画はあらゆる国と文化の境界線を越える重要な表現様式である。漫画はただ楽しいだけでなく、世界の平和と友好に役立つものである。」

日本の漫画は世界への親善大使である。本当に良い漫画を読むことは私たちの人生と世界を変えるのに役立つかもしれない。/


2008年6月11日 (水)

PROMINENCEⅠ lesson7

プロミネンスⅠ lesson7

Lefties Have Rights! 

ロナルド・レーガン、ジョージ・H・ブッシュ、ビル・クリントン。これらの人々に共通している点は何だろうか?あててみて欲しい。その通り!彼らはアメリカ大統領だった。けれどもそれだけではない。彼らには他にも共通点がある。彼らは左利きなのである。あなたも左利きだろうか?もしそうなら、あなたも左手を好んで使う世界の数百万人のうちの一人である。もし人々に強制的に右手を使わせる社会がなかったら、さらに数百万人の左利きの人がいるだろう。

左利きを理解するためには、脳に注目する必要がある。人間の脳は2つの部分、左の部分と右の部分から成り立っている。左脳は体の右側をコントロールし、右脳は体の左側をコントロールする。左右の脳は体の両側をコントロールするため共に働く。けれども右利きの人の場合は体の左半分が強く、一方左利きの人の場合は体の右半分が強い。

最初の書記体系は右から左に書き進んだ。けれども紀元前5世紀ごろ、ギリシャ人が左から右へと書くようになった。なぜか?“右”は良くて“左”は悪いと信じていたから“右へ”と書くことは彼らにとって“善”へと向かうということを意味したのだろうか?誰も分からない。

何世紀も前、カトリック教会は左利きの人は悪魔の家来だと言った。カトリックの学校は長いこと左利きの人に強制的に右手を使わせた。何世紀か過ぎるにつれ、ますます多くの人々が読んだり書いたりできるようになった。多くの子供たちが字を書けるようになるにつれ、多くの子供たちが右手を使って書くことを強制された。

けれどもアメリカで、1930年代になると子供たちに左手で書くことを許し始める教師もいた。現在ではほとんどの人が左手で書いてもかまわないと考える。

それでも左利きの人には問題が残る。左利きの人はより多く、文字や単語を左右反対に見てしまうのである。たとえば彼らはdをb、wassawと読むかもしれない。左利きの人はまた書くのにも問題があるかもしれない。なぜなら書き進むにつれ書いた文字を左手で汚してしまいそうだからである。

左利きに対する偏見はまだあるかもしれないが、左利きの人は右利きの人と違っていることを誇ってよい。スポーツはしばしばそのよい例だと言われる。テニスや卓球、野球のようなスポーツで、左利きの有名選手を大勢見つけることができる。もしあなたが左利きなら、スポーツの世界で素晴らしい将来が待っているかもしれない。

たんに左利きだからって楽器を演奏しようという考えをあきらめる必要はない。鍵盤が逆になった左利き用のピアノだって1998年に初めて作られた。もし左利き用のものが入用なら、世界各国にある左利き用の店に行くか、もしくはネットで注文すればよい。

現在、左利きの人には彼らのための祝日さえある。813日は“国際左利き日”である。これは左利きの友人や恋人について考える日である。この日に左利きの人についてちょっと考えてみてはどうだろうか。

世界の人々のうち約10パーセントが右手より左手を使うと考えられている。目下、それが遺伝子、環境、あるいはその他のいずれのせいなのか、誰も確かなことは分からない。しかし将来は左利きもよりよく理解されるだろう。

たとえ右手で字を書くとしても、左利きかもしれない。見分けるためこのテストをして欲しい。両手で同時に円を描いて欲しい。もし両方の円を時計回りに描いたとしたら、あなたはおそらく左利きである。もし反時計回りに描いたとしたら、あなたはおそらく右利きである。左右の手で別々の方向に円を描く人もいるので、このテストが常にうまくいくとは限らない。やってみて楽しかっただろうか?とにかくたとえ左利きだって心配無用。周りに左利きはたくさんいる。将来、あなたは一国の大統領にだってなるかもしれないのである。/


2008年6月 2日 (月)

PROMINENCEⅠ lesson6

プロミネンスⅠ lesson6

The Future Is in Your Hands…Or Is It? ─手の中に未来?─

右手を見て欲しい。親指の近くに線が走っているだろう。それは長くて太いだろうか?ならば君はよい長い人生を送る。血液はAB型だろうか?もしそうなら君は内面に二つの異なる性格を持っているかもしれない。生まれは8月だろうか?ならば君は他人に命令をするのが好きである。君はこれをいくらか信じるだろうか?

占いは身の周りのどこでも見ることができる。いろいろ種類のある占いの中でも星占いは最も人気のある占いの一つである。これはギリシャ神話と深い関係がある。アリエスの話を例に取ってみよう。神話によると、雨が十分降らなかったので二人の人間がいけにえとして神にささげられることになった。アリエスは走って彼らを助け、背中に乗せた。彼はあまりに速く走ったので二人のうちの一人が落っこちてしまったが、アリエスは気付かなかった。それゆえ、おひつじ座の下に生まれた人は誰でも勇敢で少しそそっかしいと言われる。

アメリカでは、“Bobbing for Apples”が人々がハロウィンパーティーで遊ぶ面白いゲームである。水で満たされた大きなバケツとりんごがいくつかあればよい。競技者は両手を背中に回し、バケツから手ではなく口でりんごを取ろうとするのである!最初にりんごをとった人は本物の恋に巡り会うと言われている。昔、このゲームは結婚の訪れを知るための一種の占いとして行われた。

人々は未来を告げるのになじみあるものを使うのが好きである。その中の一つがたとえばトルコにおけるコーヒーである。トルコのコーヒーはとても濃い。コーヒーを飲んだ後、カップの底に残ったコーヒーの形を調べる。もし鳥の形をしていたら、君の心配はたぶん晴れるだろう。もし魚の形をしていたら、幸せな未来を送るだろう。コーヒーはただの飲み物だが、未来を告げるのにも使われる。これを見れば、トルコではコーヒーがいかに大事かが分かる。

風水は自然と“作られた”環境を考察する古代中国の技術であり科学である。風水は“水と風”を意味する。それは中国で何千年ものあいだ行われてきた。現在では、風水は西洋でも人気がある。

風水説は住んだり働いたりする環境をよりよくするため、あるいは周囲の環境との関係を改善するに使われる。そうした考え方は天候がころころ変わる東洋で人々が環境とうまく付き合うのを助けるために発達してきた。

たとえば、君の部屋には日光が十分差し込むだろうか?風水は十分日光を取り入れると幸運がやってくるという。君の部屋はどんな形をしているだろうか?もし鋭角な隅があるなら、あるいは窓から先端のとがった建物が見えるなら、それらは災難のしるしである。しかし心配要らない!大きな植物で鋭角な隅は補える。カーテンで景色を隠せる。そうした何か小さなことをするだけで生活をより快適にすることができる。

16歳の女子高生のユキは毎朝学校に行く前にテレビで星座占いを確認する。彼女はその日のラッキーカラーに従ってハンカチを選ぶ。彼女は言う。「運勢がいいと幸せだと思う。もし運勢が悪くて『あなたは何かをなくすでしょう』と言っていたら、その言葉をその日のアドバイスだと思い、一日気を付けている。とにかくそれは楽しい!」

なぜとても多くの人々が占いに興味を持っているのだろうか?私たちはみな、この科学の時代でさえ日々心配事を抱えながら生きている。未来は知ろうが知るまいが変わらないかもしれない。けれども、未来について教えられると危険を避けたりより幸運に恵まれたりすると私たちの多くが信じている。

もう一度、手の生命線を見て欲しい。もし食べ過ぎるようになったなら、生命線は短くなるだろうか?今日の新聞を見て欲しい。もし学校があるにもかかわらずあなたの星座が家にいるよう言ったら、君は学校を休むだろうか?占いを深刻に受け止める人もいるかもしれないし、そうではない人もいるかもしれない。いずれにせよ、私たちの多くが未来についての話を聞くのを楽しんでいる。/


2008年5月24日 (土)

PROMINENCEⅠ lesson5

プロミネンスⅠ lesson5

Man’s Best Fried  ─人間の一番の友─

寒い冬の朝、ケン・ウィルソンは乗馬を楽しんでいた。彼の飼い犬のタフィーが彼に走りよってほえた。それからタフィーはケンと彼の馬の周囲を走り回った。ケンは何もしなかった。突然、タフィーは馬の足に噛み付いた。

なぜこの犬はこんな奇妙な行動を取ったのか?彼はいつもは静かなのである。次に、タフィーは向きを変え、約40フィート走って急に立ち止まった。再び彼は走り回った。「ついて来てる?」犬の顔がそう言っていた。タフィーはまたほえ、向きを変えて走った。

ケンは馬から降りて犬のあとをついていった。彼はケンに何かを伝えようとしているのだろうか?

タフィーはケンを家の近くの湖まで導いた。タフィーはぴょんぴょん跳ねてほえた。氷の割れ目とその近くの子供の帽子を見て、ケンは後は何があったか分かった。彼の三歳になる息子が氷を突き破って落っこちたのだ。

ケンはすぐさま水に飛び込み、息子を救助した。息子が病院に運ばれたとき、彼はほとんど死んでいた。医師はケンに、タフィーがぎりぎり時間内に彼をつれに来たのでとても幸運だったと話した。

ケンはひそかに考えた。「事故を見たのはタフィーだけだ。彼は何か悪いことが起こっているのが分かったんだ。運よく彼は私を見つけてそれを伝えたんだ。」

犬と暮らす多くの人々には、ペットが彼らを理解し、コミュニケーションを取る能力についての話がある。ハーバード大学科学者のグループがいくつかの実験で犬とチンパンジーを比較すると、犬のほうが私たちの同類のサルより人々をよりよく理解することが分かった。犬は人の簡単なしぐさから多くの情報を得る。彼らは感情を理解し、メッセージを伝えることができる。チンパンジーは人間に似た脳を持っているが、人々の何ら重要な点は理解できない。

犬と人々は最初にどのようにして一緒になったのだろうか?チワワからラブラドールレトリバーまで犬はオオカミの遠い親類であるということで科学者は合意している。もしかしたらハンターが腹をすかせたオオカミに狩りをしたりや村を守ったりするのを手伝わせたのかもしれない。科学者はこれは約15,000年前に起こったと推測する。これらオオカミが飼いならされたあと、人々はおそらく忠実で役に立つ動物たちを繁殖させ始めたのだろう。やがて、これらの動物は“犬”に進化した。紀元前8000年までに、犬は人々の日常生活の重要なものになった。長いあいだ、人々は犬は北米のオオカミの子孫だったと考えた。多くの科学者もまたこれがおそらく正しいということに同意している。けれどもつい最近、犬に関する重要な発見があった。現在では、科学者は、アジアの人々が約12,000年から14,000年前に北アメリカに渡ったとき“犬”も彼らと一緒に行ったと考えている。

ハーバード大学のグループは他の実験をした。一つの実験で、彼らは人に育てられたオオカミ、チンパンジー、犬と、人に会わずに育った犬を使った。この四つのグループのうち、二つの犬のグループだけが人間の指示に従い、メッセージを理解した。以前に人間に一度も会ったことがない犬でさえ、ジェスチャーや表情、命令の簡単なテストを理解した。

このことは、犬が人を理解できる生まれつきの能力を持っていることを示している。

たとえ誰も人とのコミュニケーションの取り方を教えなくても、犬はそれができる。犬は何千年にも渡ってこの能力を発達させてきた。

犬と暮らしている人々は、彼らの犬がどんなにうまく彼らとコミュニケーションを取るか話すのが大好きだ。タフィーの話はその一つの例にすぎない。周囲の人々に聞けば、簡単にもっと犬についての話を見つけることができる。ことわざにもあるように、“犬は人間の一番の友達”なのである。/


2008年5月21日 (水)

PROMINENCEⅠ option1

プロミネンスⅠ option1

Shibahama  ─芝浜─

58

年の瀬も近いある日のこと、勝さんの女房が旦那を起こそうとしていた。「起きな。とっとと起きて仕事に行くんだよ。」

「あ、何?仕事に行け?分かった、行けばいいんだろ、行けば。」

「もう何日仕事してないと思っているんだい?20日だよ!これから先ずっとその日暮しでやっていけって言うのかい?」

「やめてくれよ。眠いんだからさ。あと一時間だけ、な?」

59

「だめ。服着て仕事行っとくれ。お願いだから!今行かないと魚がなくなってしまうよ。」

「あーもう。分かった、分かった、そうわめくなって。今行くよ。」

彼は盤台をかついでのろのろと戸を出て行った。

あまりしないうちに誰かが戸を強くたたいた。

「戸を開けんかい!俺だ。早く戸を開けんかい!」

「あら、お前さん?分かったからそんなに強くたたきなさんな。」

旦那が立っていた。怒った顔をしていた。

「表を見ろ。誰もついてや来ないだろう。入れさせてくれ。」

「お前さん、何があったんだい?」

「何があったんだい、だと!お前、二時間も早く起こしただろ?まだ暗くて市も開いてねえじゃねえか!」

「あらそう、それはすまないね。お寺さんの鐘が何回鳴ったかよく分からなかったんだね。本当にすまないね。」

「もういいことよ。お前の間違いのせいでこんなツキがめぐってくるなんて思わんかったしな。」

「どういうことだい?」

勝さんは話し始めた。

60

「市が開くのを待ちながら一服しとった。」彼は言った。「ふと何かが海に浮かんでるのに気付いて、きせるでこっちに引き寄せたんだ。なんだったと思う?なんとまるまる太った革の財布だったんだぞ!」彼は叫んだ。

彼はそれを女房に見せて中を開いた。「じゃ、一緒に数えよか。ひぃ、ふう、みぃ、…ひぃ、ふう、みぃ、…四十両!もう働く必要なんかありゃせんわい。」

喜んで彼はもう一杯酒を飲んでいだ。彼はすぐに寝入った。

彼は昼ごろ起きだしきて言った。「おう。ついとるぞ!騒いだってええじゃないか。」彼は友だちをたくさん引き連れてきた。しばらくして酔っ払ってまた寝入った。

夕方、女房がたずねた。

「今日は何を浮かれとるんだい?」

「はあ?俺が芝浜で拾った財布、忘れたんか?」

「芝浜?財布?芝浜なんていつ行ったんだい?」

「今朝だ!もちろん。」

「お前さん、今朝起き出したと思ったら『ついてるぞ!』とか言って、ここにお友だちたくさん連れてきて騒ぎ始めたんだ。それだけだよ。」

「何だと?そんなはずない、俺は芝浜に行って財布を見つけたんだ。お前にも見せただろ。忘れたんかい?」

「お前さん、いつも働かずにお金を手に入れる夢ばっかり見てただろ?きっと昨晩も馬鹿な夢を見たんだよ。」

「夢?あれは夢なんかじゃない!」

「そんなの忘れちまいなさいよ。お願いだから仕事に戻ってくださいな。」

「そんな、…まったくなんて夢だい!すまん、もう飲むのやめるよ。昔みたいにがんばって働く。約束する。」

こうして彼は間違いをしたことでまた懸命に働きだした。

いったん心を入れかえてからは、勝さんはたいそう熱心に働いてお得意様も戻ってきた。三年間の努力が実を結び、彼は大通りに軒を構える立派な魚屋の店主になった。その年の大晦日、女房が真剣な顔をして話し始めた。

「この財布に見覚えはないかい?」

「あん?その財布か?とんと記憶にありはせん。」

「お前さんが三年前に芝浜で見つけたもんだよ。」

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「何!あれは夢じゃなかったんか?」

彼女は居住まいを正して涙ながらに告白した。

「ごめんよ、お前さん。もう本当のことを話しましょう。お前さんは財布を拾ったのは夢だったって納得しなさった。けど、お前さんは本当に見つけてたんだよ。やりくりするのにどうにも困ったらもっといい暮らしができるって思って、とてもうれしかった。でもお前さんに怠け者になって全部酒に使っちまって欲しくなかった。それで財布を奉行所に届けて、お前さんをだましてたんです。怒ってるだろうね。こんなこと聞かされて落ち着いていられる人なんていやしませんものね。考えてくださいな、酒なしの三年間を。さあ、全部話しました。あとは煮るなり焼くなり好きにしておくんなさい。」

「誰がこんないい女房にそんなことするもんか。お前がだましてくれたおかげで、めでたく正月を送れるんじゃないか。もうありがたいってそれしかない。」

「怒ってないのかい?じゃあ、新年を祝って一杯やったらどうかい?お酒買ってきますよ。」

「おお、ありがたい。」

勝さんはさかずきを口まで持っていったが…

「やっぱりよしとこう。」

「どうして?」

「これが夢になるといけねえ。」/


2008年5月 6日 (火)

PROMINENCEⅠ lesson4

プロミネンスⅠ lesson4

Two Is Company  ─ふたりは仲間─

金曜日の夜遅く、東京足立区の北千住駅前に聴衆が大勢立っている。聴衆はあらゆる世代の男女からなっている。その中には手話で話をしている人もいる。突然、二人の歌手が現れる。聴衆は大きな喝采を送る。二人の歌手は手を振り、若い男性がギターを弾き始める。けれども彼が歌っているとき、彼は見世物の半分でしかないことに気づく。

若い女性、Kiyoは手話で表現しながら歌っている。聴衆の多くの人々も、中には音楽や歌が聞こえていないと思われる人もいるようであるけれど、一緒に踊っている。

Kiyoもまたほとんど耳が聞こえない。彼女は小さいときから耳が不自由だった。けれども彼女はリズミカルに動き、歌にあわせて手話で歌詞を見事に表現する。

彼女の手話による歌は、彼らのファンが好きになった一種のダンスである。彼女はこれを“サインボーカル”と呼ぶ。彼女は手話だけではなくステップや動きを通じて歌を歌う。

「私は高校で新体操部のメンバーで、それがリズムの感覚を養うのに役立ちました。」Kiyoは言う。

Kiyoの歌手になりたいという夢は障害を抱えていても決して消えなかった。人気歌手の松田聖子がテレビで歌うのを見たあと、Kiyoは自分も歌手になろうと決意した。自分の障害が自分を止めるだろうとは一度も思わなかった。

Kiyoは自分が成功に対して母親に感謝している。母親は、彼女が人の唇を読めるように彼女に一生懸命努力させた。母親はまた、彼女に強いて補聴器をつけさせうまくしゃべれるよう練習させた。母親のおかげでKiyoは夢に一歩近づいた。

Kiyoが世間の注目を集めるようになったのは、母親だけでなくパートナーの佐々木厚さんのおかげでもある。4年間会社勤めをしたあと、厚さんはミュージシャンになるために会社を辞めた。ある日、彼が北千住で路上ライブしていると、Kiyoが彼に近づいて1枚の紙を手渡した。それには“あなたの隣で手話で歌を表現させてください”と書いてあった。彼は“いいですよ。来週ここに来てください”と書いて返したものの、この言葉少なな少女がどう自分を手助けするのか分からなかった。

けれども翌週、彼は彼女の元気に心を打たれた。一緒に歌うと決めたあと、彼は彼女に正しい音の取り方を教えた。Kiyoと一緒に練習しライブをすることは厚さんに新しい喜びをもたらした。

「彼女が自分の夢について話すのを聞いたとき、彼女の夢に対する強い信念に感動しました。それでKisekiという曲を書いたのです。Kiyoのソロパートもあります。」厚さんは言う。

厚さんとKiyoは“アツキヨ”になった。アメリカでライブをすることが今のアツキヨの夢である。Kiyoはアメリカのサインポエムを見たあと、サインボーカルを始めた。「私はアメリカの人々に元気付けられました。お返しに彼らを元気付けたいと思っています。」彼女は言う。

今のところ、ふたりは時々原宿でライブする。外国人が彼らのライブをどれほど気に入ってくれているか分かるから、この場所を選んだのである。ふたりは自分たちの、あきらめなければ夢はかなうというメッセージが届けられるかどうか確かめたいと思っている。

Kiyoは言う。夢についてただ語るだけでは意味がありません。外に出て夢をかなえる努力をしなくてはいけません。」Kiyoの元気が厚さんを奮起させ、彼らふたりはライブを通じてメッセージを伝えたいと思っている。

あなたはどうだろう?夢を頭の中にしまったままにしておくだろうか。あるいは夢を実現させようとするだろうか。/


2008年5月 2日 (金)

PROMINENCEⅠ lesson3

プロミネンスⅠ lesson3

Meister Kanda

Interviewer:あなたはとても難しい試験に合格しました。おめでとうございます。

Mr. Kanda:ありがとうございます。

I:なぜあなたは料理の世界に入ろうと思ったのですか?

K:食べるのが好きだからです!祖母と母は僕にいつもおいしい料理を作ってくれました。ある日、同じクラスの女の子が僕に料理の本を貸してくれました。僕はシュークリームを作ってみました。大成功でした。それ以来、僕はスイーツを作るのを楽しみました。

I:料理人になろうと考えたのはいつですか?

K:高校にいたころは大学に進学するつもりだったのですが、ある日、自分は本当はそうしたくないと気付きました。自分は本当に料理が好きなのだと思い、料理学校に通うことに決めました。

I:なぜオーストリア料理に興味を持ったのですか?

K:伝統的なスパイスと食材の組み合わせに引き付けられたからです。オーストリアには山からたくさん新鮮な食材が取れます。オーストリアの周囲の国々は、オーストリア料理に大きな影響を与えてきました。

I:あなたが受けた試験について話していただけますか?

K:それは料理マイスター試験と呼ばれます。料理マイスターはもともと王様や女王様のために働く専門の料理人でした。試験は筆記試験、口答試験、実技試験から成ります。試験は5日間、40時間かかります。

I:実技試験は筆記試験と口答試験に受かって初めて受けられるのですね?

K:その通りです。実技試験は、味だけでなくスピードや調理法も重要です。

I:試験は何度受けましたか?

K:この試験は一生に一度だけしか受けられません。毎年100名を超す人々が受けます。1970年以来、料理マイスターは世界でわずか350人しか生まれていません。私はヨーロッパ以外で受かった初めての人間です。

I:それはすごいですね。

I:試験では何が難しかったですか?

K:料理だけでなく、言葉も難しかったです。全部ドイツ語でした。

I:ドイツ語ですか!学生時代は外国語が得意科目だったのですか?

K:得意ではなかったと思います。オーストリアに来た時はドイツ語はほんの少ししか知りませんでした。29歳で試験を受けるまで、オーストリアで料理人として7年間経験を積みました。その仕事の経験からドイツ語の話し方を知りました。教わったというよりむしろ獲得したという感じです。辞書を使う十分な時間はありませんでした。新しい単語は出会ったときに覚えました。どう日本語に訳していいか分からない単語もあります。

I:他に何か問題はありましたか?

K:チャンスは一度きりだったので、すごいプレッシャーがありました。でも私は試験に受かることだけを考えました。失敗することについては決して考えませんでした。

I:大きな夢を持つことと成功することは高校生にとっても大事だと思います。彼らにメッセージはありますか?

K:夢を追い求める前に、自分自身を知って欲しいです。いろいろなことをするうちに自分自身を見つけるでしょう。人間関係の中で、自分を向上させ、自分を知り、自分を信じるように努めてください。そうすれば自分にとって大事な夢が見つかるでしょう。

I:あなたの将来の夢は何ですか?

I:料理では、創造性に終わりがありません。料理マイスターとして、私は自慢できるような料理を生み出したいし、それに日本とオーストリアの食文化の架け橋にもなりたいです。それでこの二カ国がより友好的な関係に成ればいいと思います。

I:本日は貴重な時間をありがとうございました。初めて食べるオーストリア料理を楽しみにしています。/


2008年4月25日 (金)

PROMINENCEⅠ lesson2

プロミネンスⅠ lesson2

You Can Change the World!  ─あなたが世界を変える日─

こんにちは。セヴァン・スズキです。エコ、子供環境運動を代表してお話します。私たちは今の世界を何とかしようとしているカナダの12歳と13歳の子供のグループです。今日ここに来て、何も隠し事はしません。私は私の未来のために闘っています。

私は未来の全世代に代わってお話しするためにここにいます。私は世界中の飢えた子供たちに代わってお話しするためにここにいます。私はこの星で絶滅しかけている動物に代わってお話しするためにここにいます。

私はオゾンホールのせいで日なたに出るのが怖いです。どんな化学物質が含まれているか分からないから呼吸するのが怖いです。今、動物も植物も毎日絶滅していっています。

私は生まれてきてからずっと、野生動物やジャングルや鳥がいっぱいの熱帯雨林を見ることを夢見てきました。でも今、私は思います。彼らは私たちの子供が目にするまで生きているのだろうか、と。あなた方が私くらいの歳のときにこんなことを心配しましたか?すべてが目の前で起きているのに、私たちは好きなだけ時間があって何でも解決できると思っています。私はただの子供で何でも解決できるわけではなりませんが、分かって欲しいです。あなた方だって何でも解決できるわけではないのです!

あなた方はどうやってオゾンホールを直すか知りません。

あなた方はどうやって死んだ川にサケを呼び戻すか知りません。

あなた方はどうやって絶滅した動物を生き返らせるか知りません。

それにあなた方は失われた森を蘇らせることもできません。

どうやって直すか知らないなら、壊すのはどうか止めてください!

ここではあなた方は政府や組織の代表者かもしれません。でも本当は母であり父であり、姉妹であり兄弟であり、おばでありおじであるのです。それにあなた方一人ひとりが誰かの子供なのです。

私はただの子供ですが、それでも私たちは一つの大家族、総勢50億人の、いや、総勢3千万種の大家族の一員であり、国境だろうが政府だろうがこれは絶対変えられないことは知っています。私は子供ですが、みんなが一緒にこの中にいて、一つの目標に向かう一つの世界のように行動しなければならないことは知っています。

私の国ではすごい浪費をしています。買っては捨て、買っては捨て、です。それにもかかわらず北の国々は貧しい国と分け合おうとしません。モノが有り余っていても富の一部を失うのが怖いのです。

学校であなた方は私たちに世間での振舞い方を教えます。

ケンカをしない

他人を尊重する

散らかしたら片付ける

生き物を傷つけない

分け合う。

なら、なんであなた方は外に出て私たちにするなということをするのですか?

今日ここにいる理由を忘れないでください。私たちが育っていく世界がどんなものになるのか決めているのですよ。

親は子供を「すべてうまくいくよ」とか「できるかぎりのことはしている」とか、「この世の終わりじゃないんだよ」とか言って慰められるようでなくてはいけません。でもあなた方は私たちにそういうことはもう言えないと思います。あなた方大人は私たちを愛していると言います。あえて言わせてもらいます。どうか、言ったことを行動で示してください。

ご清聴ありがとうございました。/